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台湾で30歳を迎えるとは思っていなかった

ども台湾在住のナカジマチカ(@nakazimachica)です。私事ですが最近30歳を迎えました。

21歳の時に30歳の方と少しだけ交際したことがあったのですが、もうあの人の年齢になったんだなーと今しがた思い出したところです。

身近に近い将来必ず通る年齢の人がいると、僕もその年齢にはどうなってるのかなと考えるきっかけになるので、30歳になるまではこんなことをしておこうって目標を立てたこともありました。

けど結局は目標は考えず今好きなことに取り組んで、食っていけるかどうかに繋げることを考えるのが好きなので大体実現できていませんし、当時なりたかった自分とは大きく外れています。

それにちなんで今回は僕の「30歳なのに◯◯◯」をつらつら書きたいと思います。つまり昔の僕が思いもしなかった事と現在のギャップにフォーカスを当てていきたいと思います。

目次

30歳なのに会社員じゃなくなってるとは

淡水河

小学生になると立派な大人=会社員みたいな刷り込みに加え、ストレス社会を耐えぬくための理不尽を強いられる教育が始まるわけですが、僕もあの頃は30歳前後の年齢ならスーツをビシッと着て会社に通勤する姿しか思い描いていませんでした。

十数年前の話になりますが僕の通っていた高校では月に1度校門のところに先生が立って生徒の服装が学校の規則に反していないかチェックするという時代錯誤な行事がありました。

学校の規則に反する代表的な服装は、髪の染色、ピアス・カラーシャツの着用などで、これに該当した生徒はある日の放課後、一箇所に集められ(るらしく)、生活指導の先生からみんなで仲良くお説教を受けます。

僕はこの「服装身だしなみ検査(って先生方は呼んでました)」に毎回引っかかっていたのですが、上に“らしく”と書いたように一度もそのお説教部屋へ行ったことがありませんでした。すると翌日に担任から「何故来なかったのか?」と怒られます。当然ですね。

僕は「学校の規則から自分の格好は外れていることは頭で分かっている。それを承知の上で自分の判断のもとファッションとしての学生服を楽しんでいる。言われることは分かっているから行く理由はない。」という考えを毎回話していましたが、「無駄なことをさせるためにコレをやっているんだ。」と返されておしまいでした。

それもこれも全ては自分白だと思ったものでも上が黒だと言ったら黒だと思わなければいけない、日本のため会社のために死ぬ企業戦士をつくるための準備運動に過ぎなかったことにいい加減気づきまして。

その厳しさを実際に前線に出る前に教えてくれた先生達と過ごした時から10年が経ち、「今これをやる自分にとっての意味とは…」について再び考え出すようになり、色々な過程ときっかけがあって今に至るわけです。

さて30歳。これで僕は日本国内で会社員として働ける(転職できる)可能性がグッと低くなり、いよいよ後戻り出来ないということを実感させてくれるとても重みのある数字です。ほんと1年後とか何してるんだろ。

30歳なのにこんなに友達が少ないとは

甜蜜王國の内装

僕がブログに使ってる写真を見れば一目瞭然ですが、まぁ空とか風景とか無機物とかサーモグラフィーに通しても寒色しか見えなそうな写真が多いです。友達は決して多くない。

友達といえばその数を一応定量化できるソーシャル・サービスとしてFacebookがありますが、僕は友達少ない病をこじらせFacebookを使い始めた時から自分の誕生日を友人に通知する機能をオフにしてます。

自分は通知オフなので「お誕生日おめでとう! これからの1年が◯◯にとって(略)」みたいな「その年が良い年になるかどうかは前の1年をどう過ごしたかで決まるんだよ…」と空気を壊す返信をせずにはいられないメッセージが投稿されるとかも特にありません。(←こういう性格がダメ)

そういえば小学生の頃卒業アルバムに載せるために同じ学年の生徒が全員強制で書く作文があったんですけど、別のクラスにいたあるひとりの友人が「友達のつくりかた」っていうタイトルでその卒業作文を書いたんですね。

内容を要約すると「自分(その友達)は小学校に入るまで本当の友達と言える存在がいなかったけど、小学校に入って同じクラスになったある人が僕に声をかけてくれて友達の作り方を教えてくれた。」っていう小学生らしからぬ美しいテーマの作文なんですが、その物語に登場する「ある人」って僕なんですよね。

彼の中の自分像を裏切ってる気分でなんか申し訳ない。

30歳なのに外国語を使って外国人と話ができるようになっているとは

林森北路にあるお店の張り紙

プロフィールに書いているように、僕は20代後半に台湾を旅行する前は国外の事に関心も無ければ外国語にも一切興味がありませんでした。

結果として初めて海外に出て訪れた台湾にハマり、中国語を学び始めるきっかけに繋がるわけですが、高校生の頃は一生日本で暮らして日本語しか使わないと確信していたので、英語の授業は「無駄だなー」と思いながら浪費していました。

それが今では、日本語以外の言語を覚えて自分の国以外の人たちと話すことが好きなことのひとつで、中国語は現在学習中として英語も中1レベルですが、語学学校で一緒のクラスになった他の国の人達にその人達の母国語の簡単な言葉を教えてもらったりして、韓国語やベトナム語、タガログ語などに関しては簡単な挨拶はできるようになったりしてます。

また、外国人と話をする時に「英語より中国語の方が比較的話せます」っていう提案を相手にできるようになったことが、自分によってはとてつもない進歩なんだよなぁと思います。英語じゃなくて中国語という点も過去の僕が知ったらびっくりして立ち幅跳び3mくらい跳べそうなくらい予想外の出来事です。

最後に

以上、自分が幼い頃に思い描いていた30歳像と、今実際に30歳になった自分のギャップについてでした。

社会的な地位とか結婚や子どもについては人によって色々あると思いますが、自分が思い描いていたものとのギャップは書き出してみれば案外少なかったと思います。多分自分の辿ってきた軌跡にほとんど後悔が無いからだと信じたいです。

あと不思議と今後に対しての不安もありません。常に自分の理想をアップデートしながら、やりたいことを見つけて取り組んでいけたら楽しいだろうなぁと思ってます。とりあえずお金はツールなんでたくさんお金は欲しいですね。はい。

ナカジマチカ

ナカジマチカ / nakazimachica

神奈川県出身。日本で会社員として約7年間働いた後、台湾で語学留学・ワーホリを経て日本社会から足を大きく踏み外す。現在も台湾を拠点にWebコンテンツ制作のフリーランスとして生活中。

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ナカジマチカ / nakazimachica

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