ども台湾在住のナカジマチカ(@nakazimachica)です。台湾で要らなくなった服を処分する時はどうしていますか?
台湾では街中に古着回収ボックスが設置されており、着なくなった服を断捨離する時に便利なのですが、やむを得ず処分したいものがブランドものだったり価値がありそうな物の場合、そのまま手放すのは少し忍びないですよね。
さて、日本には2nd STREET(セカンドストリート)という全国展開しているリユースショップがあり、僕も服を売買する際に利用することがあります。
実は2nd STREETは2020年の夏から台湾にも進出しており、日本とほぼ同じ感覚で服やカバン、アクセサリー、靴などのファッションアイテムを買い取ってもらうことができます。
そこで今回は台湾の2nd STREETで服を売ってみたので、その時の流れや感想などを紹介していきたいと思います。それではご覧ください。
目次
台湾の2nd STREET(セカスト)で服を売る流れ
1. 最寄りの店舗を探す
台湾において2nd STREETは全国に展開されています。
中部・南部・東部の店舗数は多くないですが、北部は店舗数が多いので台北市や新北市に住んでいる場合は家から1時間以内の場所に2nd STREETが見つかるのではないかと思います。
もし近くに店舗がなければ、日本と同様に無料で宅配買取サービスも行っているので利用を検討しましょう。
2. 店舗に買い取ってもらう服を持ち込み売却手続きをする
僕は家のすぐ近くに2nd STREETがあったので、直接店頭に売りたいものを持っていって査定してもらうことにしました。
買い取ってもらいたいものを適当な袋や箱に詰めます。
「○物買取強化中」などの季節による買取キャンペーンも行うこともあるので、なるべく春夏には春夏のもの、秋冬には秋冬ものを売りに行ったほうが方が良いでしょう。
最寄りの店舗へ持っていき、「收購」と書かれたカウンターで手続きを行います。
收購カウンターへ近づくと店員さんがやってきて「收購嗎?」と聞かれるので、「好」と答え、居留証やパスポートなどの身分証明書を提示し、売りたいものを渡して、買取申請書に氏名、電話番号を記入します。
査定は数十分で終わるときもありますが、お店が混んでいる時は数時間かかることもあります。
お店を離れていても査定が終わると電話連絡が入るので、周辺で他の用事がある場合は、先に買い取りの受付を行って、その間に別の用事を済ませるようにしたほうが時間を有効に使えます。
3. 査定金額に同意して売却代金を受け取る
査定終了後にカウンターへ行くと査定金額が説明されるので、同意したら再び身分証明書を提示して書類にサインし、売却代金を受け取ります。
買取金額がアップするクーポンなどを持っている場合はこの時に伝えましょう。
台湾の2nd STREET(セカスト)で服を売ってみた感想
日本と同様に台湾でも高く売れそうなもの
インポートブランドは当然として、台湾の2nd STREETで売られているものの販売価格や台湾人のファッションの傾向を見るに、アメリカブランドのものは普遍的に高く売れる気がします。
また日本と比較するとメンズのアパレル市場は決して大きいと言えない台湾ですが、台湾人男性はそこまでオシャレをしない人でも、スニーカーにだけはお金にかける傾向があるので、ハイテク系のスニーカーは台湾での買い取りでも相性は良さそうです。
日本ブランドの服について
世界的に知名度の高い日本のトップファッションブランド、UNDERCOVER、ISSEY MIYAKE、Yohji Yamamoto、JUNYA WATANABE、COMME des GARÇONS、sacaiなどの服は、日本と同様(むしろ日本より高め?)でかなり高い値が付きます。
逆に本来は非常に価値が高いが、台湾ではあまり名が知られていない日本のドメスティックブランドなどは、台湾の2nd STREETでの販売価格を見るかぎり、買取金額は納得いくものにならないかもしれません。
ですが、
- BEAMS
- niko and …
- UNITED ARROWS
- URBAN RESEARCH
- SENSE OF PLACE
- KBF
- Coen
- MOUSSY
- IENA
- earth music&ecology
- LOWRYS FARM
などの上記の台湾に進出しているセレクトショップオリジナルブランドはそこそこ知名度が高いと思われるので、日本で売るよりも“海外ブランド”として若干高く買い取ってもらえる気がしました。
また、日本で売ると二束三文になる可能性の高いUNIQLOやGUなども海外ブランド扱いになるので、日本の相場より多少高い値をつけてくれます。
ナカジマチカ / nakazimachica
神奈川県出身。日本で会社員として約7年間働いた後に独立し、中国語を学ぶための台湾語学留学を経てそのまま台湾移住。現在は台中市を拠点にWebコンテンツ制作の個人事業主として生活中。